中洲歓楽街発祥の地「旧浜新地」

【旧浜新地の石碑(中洲中島町)】
小さな社であった中洲稲荷神社(現在の國廣稲荷神社)改築と同じ天保5年(1834年)。

天保改革の政策で、筑前黒田藩は財政立て直しのため、銀札(藩札)を発行しました。その銀札の流通を目的とする藩の政策で、芝居小屋や角力(相撲)巡業、茶屋や富くじの興行などが行われる歓楽街を作りました。それが中島町浜新地(現在の中洲中島町)です。

現在、中島公園(中洲中島町)内には、中洲歓楽街発祥の地「旧浜新地」という石碑が建てられています。その石碑の中には、天保5年(1834年)秋に、江戸歌舞伎の千両役者「七代目市川団十郎(市川海老蔵)」一行が公演した記念碑もあります。

※参考:にしてつWebミュージアム
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